- 更新日時:2024/12/05 (木) 10:46
- 講演会
- 講師
- 中室 牧子(なかむろ まきこ)氏
- プロフィール
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慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本銀行、世界銀行等を経て、コロンビア大学にてMPA, Ph.D.取得後、2019年より現職。専門は、教育を経済的な手法で分析する教育経済学。2021年よりデジタル庁 シニアエキスパート(デジタルエディケーション)・公益財団法人東京財団政策研究所 研究主幹を兼務。規制改革推進会議等、政府有識者会議の委員を務める。著書はビジネス書大賞2016準大賞を受賞した『「学力」の経済学』(2015:ディスカバー21)、週間ダイヤモンド2017年ベスト経済学書1位の『「原因と結果」の経済学』(2017共著:ダイヤモンド社)など。
- 開催日時
- 令和6年11月30日(土)
- 開催場所
- 富山県民会館 ホール
- 演題
- 「教育に科学的根拠を」
中室先生には、科学的根拠を基に、子供たちの成長に必要なことを指し示していただきました。非認知能力をしっかりと獲得させることを目的とした教育、そしてそれを実現するためには、他者との比較ではなく、自己の成長を確認することであると学ばせていただきました。
◇教育経済学とは
教育は例外的な出来事の方が注目を集める傾向があり、王道な在り方に注目が集まることはほとんどない。教育経済学は、経済学で、王道な在り方とは何かにもっと光を当てていくために、科学的根拠を大切に、たった一人の非常に優れた天才のサクセスストーリーではなく、大量の個人経験というデータの集積から規則性を見つけ分析をしている。
◇なぜ勉強ができるだけじゃ活躍できないのか
子供が小さい頃、勉強、勉強だったのに、大人になり社会に出ると、勉強ができるだけじゃ活躍できないなと感じている。この矛盾がなぜ生じるのか。就職活動で企業が重視するのは、コミュニケーション能力、主体性、チャレンジ精神、勤勉性、誠実さだそうだ。学力や学歴は20位以下に沈んでいる。結婚相手に求めることも、人柄、家事や育児に対する能力や姿勢で、学力や学歴は求められていない。ではなぜ、子供達に「勉強しろ!」、「勉強しろ!」と言ってきたのか?それは学力が高い人は、将来成功する確率が高いと考えていたからではないか。しかし、経済学の研究で、子供の頃から大人まで追跡の結果、学力テストによる個人賃金の変動は17%、IQに至ってはたった7%しか将来の個人賃金の変動を説明できないことが分かってきた。コミュニケーション能力、主体性、人柄・・・が、残りの部分を説明していることに経済学者は気付き始めた。
◇質の高い幼児教育
経済学者ジェームズ・ヘックマンの研究で、幼児教育への投資(時間やお金)が、将来を大きく開花させると考えられている。人生初期の質の高い教育プログラムが、技術や知識を蓄え、認知能力を高めたと多くの経済学者は考えていた。しかし、IQへの効果が8歳で消えることが分かり、質の高い教育は、どんな能力を高めたか検証する中で、非認知能力に辿り着いた。非認知能力とは、自信、意欲的、粘り強さ、自制心、コミュニケーション能力、協調性等で、社会情動的スキルや文科省の“生きる力”で重要性を認識していたものです。経済学の研究で大規模サンプルを使い追跡した結果、幼児期に自制心が高かった子供は、大人になって健康良好で借金が少ない、退学率が低い等の結果が出ている。質の高い幼児教育は、そんな非認知能力をきちんと獲得させるかどうかで、大人になっての成果を分け、長期にわたり社会安定的生活に資すると分かってきた。
◇どうやったら非認知能力が高められる?
学力と非認知能力は強く相関している。勤勉性、自制心、自己効力感、やればできると思う気持ちは、学力と相関する。自己管理能力がないと学力は高くならないし、学力が高いと勤勉である。問題は、どっちが鶏で、どっちが卵なのかです。ヘックマンが検証したところ、非認知能力は認知能力を向上させるが、その逆は観察されていない。だから、質の高い幼児教育は、早期に九九をやることではなく、しっかりと非認知能力を伸ばす教育をやることである。そんな研究も進んでいるが、学校や家庭でどう伸ばすかは、まだ実証研究は進んでいない。自制心や忍耐力、知的好奇心を学校の教育で伸ばせることは分かっているが、それ以外は分かっていない。
◇相対評価ではなく、自分の成長を評価
優秀な友達からの影響って、よい影響なのか。当然友達から大きな影響を受けます。「偏差値の高い学校に行けば、偏差値の高い友達から良い影響を受ける」と考えるが、それって本当か?アメリカの追跡研究で、同じクラスに学力が高い友達がいると、むしろ学力が下がるというものがある。日本でも、同じ偏差値の生徒、A校で成績下位、B校で成績上位の生徒、その後を追跡し比較した結果、B校つまり周囲が自分より成績の低い友達の中にいる生徒の方が、その後も成績が上がり、大学進学率や年収も高くなり、未成年での非行率も低くなった。その要因は、本人の自己効力感の問題と行き着いた。経済学で「井の中の蛙」効果といわれるもので、この自己効力感という非認知能力をいかに高められるかが重要な問題である。日本の子供は自己効力感が低く、国際的にもすごく低く、自分の相対的なポジションにより、能力を過小評価することが多い。相対評価で自分の能力を正しく把握するのは困難だということを、大人たちがしっかり理解する必要がある。そして、自分の能力についての不完全な情報を元にして意思決定をしてはいけないということを、大人が子供たちにしっかり伝えなければいけない。自己効力感の低さを打破するには、他人と比較ではなく、過去の自分との比較、成長を大切にすることである。